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メルマガ【BlueWill】教育を与える側の姿勢

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今回は教職を目指している皆様と
共感できそうな内容だと思います。

僕のメルマガではけっこうズバリと
「生徒の基本条件」といった感じの
厳しいことをお伝えしていますが、

「教育を提供する側の厳しさ」は「生徒側が受け
入れる厳しさ」とはレベルがかなり違います。

例えば、本校では高校生留学を取り扱って
おり、そのご両親にも英語を勉強してもらう
ことをお願いしています。

その理由はたったの一つ「親の背中を
見せる」為だけです。

現地の生徒さんが言ってたのが、


「親が英語の勉強をしようが何をしようが
そもそもフィジーに居ないんだし、それは
完全に子供の問題であって何も関係がない。」

このように言われました。

正論です。多分、教育と言う分野でなければ
この思考方法で問題ないと思います。

僕も自分が生徒なら、同じように言います。

「親が何だろうが、自分で決めたことだから
自分の力で全力を尽くしてやるべし」は良い
生徒のセリフです。

ただですね。教育を受けるのではなくて教育を
提供する側が語るならばもっと高いレベルで
話をしなければなりません。

そもそも、そういう考え方で教育を提供すると
親(先生)が子供(生徒)に出来ることなんて
ほとんどありません。

それに、特効薬のようなものもなければ、これを
したら上手くいくなんていう甘っちょろい精神
そのものが通用しません。

試行錯誤を繰り返して、「少しでも意味がある
かもしれないものを全力でやるだけ」です。

その上でおもいっきり失敗しますが、諦める
なんて選択肢はない訳です。

今恨まれても、10年後に感謝されるなんて
こともあります(笑)メチャクチャ複雑で
厳しい世界なんです。

僕は未だに2~3日悩んで相談された内容を
考えることがよくあります。

答えが中々見つからないので自分の努力の
足りなさを恥じるばかりです。

「子供に英語を教えたい」という目的に対して、
ご両親が出来ることは英語教室に通わせるだとか、
留学に送るだとか、

お金で解決するもの以外では「英語を学ぶ」
以外にはありません。だったらやるべきだと
僕は思います。

僕は現在33歳ですが、僕の子供が留学をする
なら「頑張って英語覚えなさい」と言います。

未成年の教育なんてどれだけ失敗を
しても何の問題もありませんから。

でも、これが僕自身に対して言うなら「お前は
グダグダ言わずにやれ!」で終わりです(笑)

僕はバカなので、少なくとも自分には
ある程度は厳しいつもりです。

それだけで上手くいくとは思いませんが、
これは心意気の問題で「それくらいはやれ」
と教師側は思うべきだと考えています。

とにかく、その努力が見えようが見えまいが、
健気に努力するのが教育を与える者の宿命です。

ちょっと例を出してみましょう。


「早起きは大切だ!」と言って、目覚ましを
与えるまでは誰でもできますが、

それから一緒に早起きをする親と昼まで寝てる親が
「それはお前次第だ」と言う時の説得力の違いと
同じです(笑)

子供が世界で一番信頼する親が英語の重要性を
語っておいて、勉強を一切しない矛盾を見逃す
ほどに子供は愚かではありません。

あ、因みにこれは英語を覚えさせたい側の話
をしてます。

何も言っていないのに子供が勝手に覚えたい
と言ったなら、

家族としての関係を大切にすることの方が
教育上「英語そのものを親が覚えるよりも
万倍大切」だと僕は思います。

僕たちはアクティビティという午後のレッスンに
おいて、凡そ英語学習に本当に関係があるのか?
と思われるような内容をしています。

例えば、「蟹漁と蟹味噌汁作り」。

税務署に「カニ漁の仕掛けとか本当にこれは
学校教育で使っているのか?」と指摘される
くらいにほぼ無関係に見えます(笑)

でも、関係あるんです。

そもそも僕達が何かを人に教えようと思ったら
信頼関係がないと聞いてくれません。

これは親子でも、先生と生徒でも同じだと
僕は考えています。

言っても聞いてくれない訳です。その関係づくり
を飛ばして自分の教えたいものだけ教えるなんて
やれればいいですけど、

僕は過去5年の経験からそれは「無理」である
ことを残念ながら実証しています。

関係が作れていないのに聞く体制がある生徒
も稀にいますが、そういう方は「大人」だけ
だと思います。

昆虫採集を趣味としている生徒さんにカブトムシを
捕まえて、届けたこともあります。


何故か?教育を提供する側だからです。

生徒に自分の言うことを聞いてもらいたければ、
夜な夜な山に行ってカブトムシを取りに行くこと
は「必要なこと」です。

「教師はそれくらいやれ!」なんです。

勿論、生徒側がこれを言うのはおかしいです。

これを生徒が言えば「完全にダメな生徒」です・・
・・・というか生徒ではなくて、「消費者」です。

生徒が自分次第と思う心構えが無ければ
教育は成り立ちません。


・・・思い返すと失敗が沢山あります。


僕の学校では携帯電話を無料レンタルしていて、
その携帯から僕に電話が出来るようになっています。

「緊急時に限る」という条件がありますけど。

もう3年以上前です。

夜の10時半~11時頃だったと思います。
電話が鳴りました。

この時間に電話が鳴ることは「緊急時」
以外ではないので、いきなり心臓の鼓動
が早くなります。

「何があった!!!!」に意識が集中
するのが良く分かります。

一気に体温が上がって、下がります。

眠気も一瞬にして吹き飛び、慌てて電話に
出て「もしもし!どうしましたか?」

と言います。


男性の生徒さんで「あ・・・平野さん。
寝てらっしゃいましたか?すいません」

と申し訳なさそうです。

慌てている僕は「いやいや、何があった
んですか?」と、とにかく現状を知りたい
気持ちで一杯です。

男性の生徒さんが活舌のはっきりしない
言い方で、
「あの、ちょっとお聞きしたいことがある
んですけど、***さんの番号知ってますか?」


「え?はい。勿論知ってますけど、***さん
に何があったんですか?」

男性の生徒さん
「いや、実は気になってて・・・良かったら
番号教えてもらえませんか?」



「え?・・・・・」


緊急事態来たーーーーーーーー!!!!!!

と無駄に長い行数を使いましたが、
(恋の)緊急事態だったんですね。

勿論、立場上番号を教えることとか出来ない
ので、とお伝えしたんですけど・・・僕は
失敗をしました。

恋をしていた相手側も生徒さんであるだけに、
向こうの気持ち次第で助けるべきかどうかも
怪しい所ですが、

確かに下手なアドバイスが出来ないので、
放っておくのも間違いではないと思います。

でもですね。

恋バナって楽しいですよね?
恋愛中って暴走しちゃいますよね?

確かに僕は寝てましたし、どうアドバイスを
するかも分かりませんが、話を聞いてあげて、
他愛のないことを言うくらいはしてあげる
べきでした。

僕は「人として」の綺麗ごとを言っている
のではありません。


甘えている人に「甘えていいよ」と言って
いる訳でもありません。

僕が生徒なら「自分で解決しろよ」と人に
言われる前に自分で言っていると思います。

腕が痙攣するくらい勉強するのも「当たり前」
だと思うくらいが丁度いいと思っています。

でも今は「もっと厳しいレベルの話」です。

「教育を与える者として効果が少しでも期待
できるならばやるべき」と言ってます。

だから、全く持って英語教育には関係がなくても
僕はやるべきだったと「反省」をしています。

教育を提供する側は特にそうですし、誰で
あっても「反省が無くなる訳がない」からです

・・・というか反省点が無いのは「無能の証明」
と僕は自分に言い聞かせてます(笑)

僕も随分とこの教育者レベルの厳しさを自分に
課すのに時間がかかりました。

そもそも生徒の為に言っていることなんだから、
聞くか聞かないかは生徒次第じゃないか?


わざわざ留学費用を払ってフィジーにまで来る
んだから、生徒として学ぶ基本姿勢は持って
いて当たり前なんじゃないか?

その通りです。でもそれは生徒の思考です。

教育者は「自分の納得のいく手段で生徒に
成長を渡すこと」は諦めるべきだと思います。

生徒のレベルならば「頑張れば価値がある」で
十分ですが、教育側は結果が無ければ手法には
価値がありません。

教育者側は納得などないと心得て、少なくとも
結果が残ればそれで良し。とするべきです。

裸踊りをして生徒が成長するなら、「踊れ!」
だと思います。

また、これは世界中の全てのご両親が
前提として当たり前に持っているべき
教育者の姿勢だと僕は思っています。

ただ、僕のように教育関係で働かない限りは、

この前提に対する理解がない状態で子育てを
するから、子供と一緒に成長をすることに
なります。

その間に「子供が悪い」と思う時があると
思います。

実際、世の中のほとんどのことが本人次第
なんですから、その大人(社会)の常識に
当てはめると正に通りですよね(笑)

でも、それは何度も言うように教育者という
厳しい立場から考えれば、当然「レベルが
低いだけ」です。

どうでしょうか?・・・「教育」って
ゾッとするくらいに厳しい世界ですよね(笑)

因みに月にまで行ける時代ですが、未だに
「人の育て方」はいっこうに確立されて
いない分野で、それが「教育」です。

これだけ難しい分野なのに、結構身近な
問題ですから難易度が理解されておらず、

その為に余計に問題が解決に向かわない
という傾向もあります。

ビジネスにもコンサルタントがいますが、
子育てにこそコンサルタントを国が付ける
べきだと僕は心底思います。

そもそもこの情報社会では昔のように物事を
教えることに集中する「教育」をしていても
あまり意味もなく、

教師としての成長には「導育」の方が今後は
重要だと僕は思います。

・・・現地にいる生徒さんと仲良くなればなる
ほどに、手っ取り早く英語を習得させる方法
が見つからないのが歯がゆく感じます。

今回は、「教育を与える側の姿勢」を
題材とさせて頂きました。
楽しんで頂けましたでしょうか?

いつも「いいね」して頂いてありがとう
ございます。


また次回をお楽しみに~


このメールにそのままお返事頂くと
僕が直接全部お返事しますので感想、
ご質問、ご相談など、ご連絡下さい。
 

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