無料相談はこちらからどうぞ

ブルーウィル

メニュー

メルマガ【BlueWill】敬服するべきボランティア

メルマガ【BlueWill】
for viber

今回のメルマガはボランティアについて
持論を語ってしまいます。

昔の僕には「敬服するボランティア」と
「軽蔑するボランティア」がありました。

それだけ「ボランティア」という行為が
僕にとって神聖なものなのです。

因みに僕はボランティアを考えている人は
素晴らしいと思います。

ただ、内容をしっかりと理解してどういう
ボランティアをするのかを把握しておかないと、

純粋な気持ちで人助けの為にボランティアを
考えている人ほど「痛い目」にあうと思います。

そんな純粋な方が本メルマガでボランティアに
ついてしっかりと理解した上で、

社会の為に自身を役立てるのに本当に必要な
行為がなんであるかを決める一助となれば
幸いです。

僕は大学生の時に二つだけ人生を捧げて
みたいと思っていたことがあります。

それが「ゴミ問題」と「ボランティア」
の二つです。

何と言っても僕が最も尊敬する人は
「マザーテレサ」ですから(笑)

ただ、どちらも調べれば調べるほどに
真っ黒で、あまりのどす黒さに嫌気が
さしました。

この二つの活動は僕にとって人類の希望
であって、死活問題であり、これに取り
組むことは最も建設的な行為と考えています。

でも現実の中身を知れば知る程に「ダメ」です。

今回はボランティアの仕組みと言うことで
ゴミ問題は置いておきますが、

ボランティアは実は一般的に知られて
いるような「人助け」ではありません。

もっと陰湿で政治的な意味があります。

勿論、中にはまともなボランティア団体
もありますが、

相当に小さな組織で誰も知りません。


知名度が低いほど真面目にやっている
ということは、どの世界でも結構あり
がちな話だと思います。

僕のお知り合いの方に僕の敬服する
素晴らしいボランティアをされて
いる30代の方がいらっしゃいます。

彼は給料をもらって先生をしています。

ここで勘違いしてはならないのが、
(僕が思うに)本当のボランティアは
給料を貰うということです。

但し、ほぼ休みなしの長時間労働で
確実に違法性のある労働条件という
低賃金です。

かなり大変なお仕事で、月給が10万円
と少し程度で、障害のある子供を教える
学校で働かれています。

家賃もギリギリで食費も足りないくらいな
状況だと言ってました。

だから時々深夜の旗振りのバイトとか
をしているそうです。

「普通、ボランティアと言えば海外で、
給料はないけど保障をもらってやる
ことが多いのに」なんて言うと

「わざわざ海外に行かなくても助けが
必要な人たちはすぐ近くにいる。

そういう人ほど誰も気にかけないから
本当に助けが必要な人たちなんだ」と、

全く持って正論です(笑)頭が下がります。

「海外で貧しい暮らしをしている人たちは
助けたいけど、日本で助けが必要な人は
知りません。」というのは、

僕の考えのボランティアとは著しく異なる
ものです。

それはただ言い訳を作って海外に行きたい
だけなのか、飢えて苦しんで死にかけている
人を物珍しさに「見に行きたいだけ」なのか、

どちらにしても相当に人間性の低い程度の
知れた人の思考だと思います。

遊びや好奇心でそれを見に行くことを許容
するならば、見世物小屋と変わらないと
思います。

・・・とは言え、僕も見てみたいです(笑)
ゲスな行為だと思っていますから「実行」
はしませんけど。

そもそも、例えばフィジーと言う国で何か
人助けをしようと思うならば、

フィジーについて何も知らない人間を
日本から送って何かさせるよりも、

既にフィジーに居る僕みたいな人間に
依頼をした方が圧倒的に効果的です。

自慢じゃありませんが、大型ボランティアに
所属している人間がこの国で2年かけてやる
程度のことは僕なら、相当な短期間でやれる
と思います。

その為に、フィジーでボランティアをする
ならばフィジー人に依頼するか海外移住して
いる外国人に依頼した方が効果的です。

だから結果的に日本人がボランティアで
最も活躍できる場所は「日本」です。

自分という資源を最大限に活かす方法は
自国にあると思います。

海外の人間が日本に来るよりも僕たち日本人
が行動した方が何倍も効率的ですよね?

それにアメリカ人がいきなり日本に来て
「私たちの言うことを聞けば救われます」
と言われて大人しく従う人種はありません。

人間の性質として他国の人間から学ぶことは
プライドが相当傷つくものです。

だから日本でも明治維新の時に揉めて内乱
も沢山あったわけです。

自己満足でそれを行うことは個人の自由
ですけど、歓迎されると思っているならば
それは勘違いだと思います。

昔の日本、我々の先祖の中にはそういった
外国人を「辻斬り」したり「拷問」したり
していました。

それよりは余程マシな対応をされると言え、
歓迎されると考えているなら勘違いも甚だ
しいと思います。

頑張れば頑張る程に鬱陶しいと思われること
は前提で参加するべきです。

因みに「海外投資家」でさえ、政府レベルでは
歓迎されたとしても、一般的には嫌われることが
あります。

何にせよ、昼間はボランティアをして夜は
コンビニでバイトするとか・・・それが
敬服するべきボランティアだと僕は思います。

国の税金を投入して作った政治的な
ボランティア組織に入って、

すぐに消え去るような程度の低い成果を残す
(残さないだろうし・・・)ボランティアは
時間と金の無駄だと心底思います。

また、これも調べればわかることですが、
海外ボランティアは相当な葛藤の中で
超非建設的な活動をさせられます。

前述した通り、「人助け」が目的では
ない訳ですから、何かを成し遂げたり、
作っては続けれません。

「成果なく毎年資金を投入して人員を導入
している事実が政治的に大切だから」です。

本当に何かを作ったりする場合は企業
に依頼されますから、それは公的事業
として認知されます。

毎年決まった金額を投入しながら、
全く何も作らない為に送られる人、
それが海外ボランティアの中身です。

だから真面目に人助けをしたい人や
社会の役に立ちたい人が参加すると
本当に苦しい葛藤の中で「無駄な苦労」
をする結果になってしまいます。


何度も言いますが、ボランティア活動を
バカにしている訳ではありません。


実際のシステムはそういう風に出来ている
と思うとお伝えしているだけです。


このくろ~いシステムを理解するも、事実
を拒絶して虚構の中で生きるも、個人の自由
だと思います。

ただ、僕は実際に参加して後悔している人間
を何人も見ているので、中身を理解して参加
をするべきだと言っています。

ただ、そういったボランティアの方の中でも
看護師や医師は話が違います。


そういう特殊技術を持っている人は
相当建設的です。

でも、結局日本でも看護師や医師は不足して
いますから、わざわざ海外でやる理由なんて
ないわけです。

お金を払ってでも診てもらいたい人は山の
ようにいらっしゃるのに、それでも足りない
状況に問題があるんです。

そう考えれば現地の国が医療を発展
させて医師の数を増やすことが課題
になります。

医師一人が海外に行くことで、この
状況は根本的解決を図れません。

日本の医師が海外にいくのはその医師
個人の嗜好の問題であって、別に
社会的な意味はありません。

僕は縁あってフィジーで会社を経営
していますが、その為に雇用を生む
ことが出来ています。

20代の時に僕が考えた社会に対して
自分と言う資源を効率的に使うには
この方法が良い、と考えた訳です。

日本に対しても、フィジーに対しても、
顧客、従業員、会社に対してもです。

格安留学で、まともな学校ってかなり
少ないですし、フィジーなら本校だけ
だと思います。

今ではその昔の僕の意見も否定していて、

持続可能な発展が出来るような社会貢献を
目指して農業に取り組むようになりました。

「生活水準が低くても、自給自足が出来れば
幸福な人生は十分に送ることが出来る」
という考え方からです。

勿論、教育の一環でもあります。もうすぐ
馬が手に入りますから、乗馬体験をさせて
あげることが出来るようになると思います。

語学学校で生徒を大量に獲得したところで、
結局競争社会の勝ち組になるだけで大した
意味はありません。

だから学校の規模を大きくしたり生徒数を
増やすことにはあまり興味がありません。

そもそも少人数制の学校で「本当のこと」
ばかり言う僕の学校が何百人も人を受け
入れられません(笑)

ボランティアという言葉から湧くイメージ
だけで判断をするのではなくて、

自分がしたいこと、社会の為に出来ること、
これから学んでいきたいこと、そういった
ものを統括的に考えれば、

別に社会的に名の売れているボランティア
団体に所属する必要なんてありません。

時間がある時に近所のゴミを拾うだけでも
立派なボランティア活動です。

最後に、国際的に有名なボランティア団体
のトップの多くがポルシェなんかの高級車
に乗っていますけど、

昔の僕がこれに怒りを覚えたのは別に
高級外車に乗ることが悪い訳ではなくて、

「ボランティア団体=マザーテレサ」という
間違った認識を持っていたからだと思います。

「ボランティア=税金を納めない政治的組織」
と理解すれば、別に腹も立ちません。

それにどれだけ否定しようがそれは社会的に
必要な存在でもあります。「必要悪」のような
ものだと思います。

そういった団体を建設的に利用するならば、
「人助け」を第一とするタイプではなくて、

「己の成長の為に組織を利用する」くらいの
逞しさのある人がふさわしいと思います。

純粋なボランティアを望むならば近所で
ゴミ拾いで十分素晴らしい活動です。

後は、一人暮らしで自立している人がそう
いう行為をするのは素晴らしいことですが、

親の庇護の下でゴミ拾っているのは自立して
いない部分があることは本人が認知した状態
でいるべきだと僕は思います。

人助けの前に、まずは自立して生きるべきだと
考えるのは別に当たり前のことです。

ビルゲイツの子供とかだと生まれた時から
1兆近く持っているんでしょうか、

そんな状態だとボランティアに向かうことは
不思議ではないし、親もそれを望むならば
人に批判されることはないと思いますが、

一般的に社会で普通に働いている人に
「まずは自分で自立して生きろ」と
言われて、

「そうですね」と言えるくらいの精神性は
最低限欲しい所だと思います。

・・・しかし、注目と尊敬に値するべき人が
社会的脚光を浴びることなく・・・まぁ、
そんなのどうでもいいと思ってるでしょうが、

ボランティアを振り返る度に社会がどれだけ
「異常」な状態かを、まざまざと思い知らされ
ますね。

「ゴミ問題」なんてもっと酷いですから、
興味があれば一度調べてみてください。


今回は、「敬服するべきボランティア」を
題材とさせて頂きました。
楽しんで頂けましたでしょうか?

いつも「いいね」して頂いてありがとう
ございます。


また次回をお楽しみに~


このメールにそのままお返事頂くと
僕が直接全部お返事しますので感想、
ご質問、ご相談など、ご連絡下さい。
 

メルマガ【BlueWill】

メルマガ【BlueWill】を見る